天の川、中から見るか?外から見るか?

f:id:love_and_sessue:20171003010552p:plainImage credit:すしぱく*1 

「ではみなさんは、そういうふうに川だとわれたり、乳の流れたあとだと云われたりしていたこのぼんやりと白いものがほんとうは何かご承知ですか。」

先生は、黒板にした大きな黒い星座の図の、上から下へ白くけぶった銀河帯のようなところをしながら、みんなにをかけました。

 

宮沢賢治 銀河鉄道の夜 一、午后の授業*2

 少し前にTwitterで「天の川の正体が銀河を中から見たものであると知って驚いた」というツイート*3が伸びており、そこについた反応が「そうだったのか、自分も驚いた」派と「それは常識のうち」派に二分していました。現在の天文学の知見によると、天の川と呼ばれる白い"もや"は、円盤状に恒星が分布する天の川銀河*4を中から見た姿ですが、これがどの程度一般的な知識と言えるのかを考えました。

 

義務教育ではどうなってる?

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Image credit: いらすとや*5

 まず義務教育で天の川(銀河系)について教えているのか調べました。現行の学習指導要領*6によると、小学校では天体の見かけの運動を扱う程度ですが、中学校三年の理科では銀河についても取り扱うようです。

  

 しかし過去の学習指導要領*7を見ると、扱われなかった時期があります。戦後の学習指導要領をたどると、もともと中学理科で銀河について教えていたものが、1989年発表/93年度実施の要領から削除されています。2008年発表/2012年度実施の要領から復活して現行課程に至りますが、銀河の項目には約20年弱の空白があり、ここに該当するのは1980年度生まれ〜1996年度生まれで、2017年時点でおよそ21〜37歳*8の世代です。

 

 おおまかに言えばインターネット(というかTwitter)を活発に使う世代と考えられる20代〜30代の大部分は義務教育で銀河について知る機会が無かったということになります。高校では地学で天文分野を扱いますが、理科4科目の中でも地学の履修率は格段に低く、義務教育で削除された世代が高校で挽回する機会は多くありません。

 

 ところで現行課程では、天の川銀河はどのように取り上げられているのでしょうか。実際に現行課程の中学校の教科書*9を参照すると、確かに天の川が銀河を中から見た姿であるという記述を確認できました。また、夏の天の川は天の川銀河の中心方向を見るため、冬の天の川よりも星が多くて明るいという説明もありました。

 しかし、その内容は1ページの半分が充てられる程度の分量であり、授業で聞き漏らす可能性もあるでしょう。一単元の中の一トピックに過ぎない扱いのため、一度取りこぼすと知る機会を逸してしまうことは十分に考えられます。

  

そもそも天の川って見えてる?

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Image credit: NASA/JSC/Karen Nyberg*10

 天の川銀河を公教育から学ばなくても、普段から目にするものであれば興味を抱く機会もあり、それが何であるのかを調べることは難しくありません。逆に、日常生活の中で見ることがなければ、自発的に興味を持つことは期待できるでしょうか。

 児童の天文知識には地域差が認められる(星が見えない都市部の児童ほど理解の水準が低い)という研究があります。この研究の内容は、国立天文台の縣秀彦氏による理科(天文)教育の実態の調査であり、以下は小学生に対して行われた天文分野の知識・関心を問うアンケートの結果を受けて述べられた箇所です(調査地によって調査年月が異なりますが、2001~2004年にかけて行われたものです)。

「日が沈む方位はどれですか?」という問題を用意した.回答選択肢としては南,東,西,わからないの4択とした.日没の方位が西であることの正解者は図5のように,65〜95%までばらつきがあり,理解に地域差がある傾向が見られた. [中略] 都市部の学校ほど正解率が低くなる傾向が見られ,日没や日の出を見るような日常体験が不足している影響が考えられる.併せて自然体験の有無を聞いたところ,日の出,天の川,流れ星などを見た経験のある児童ほど,日没の正解率が高いという相関があったことからも正しい自然像の理解のためには,自然体験が重要であると考えられる.

 

縣秀彦 天文月報2004.12*11

 

 では、現代の日本で天の川が見えるところに住んでいる人はどの程度いるでしょうか。天の川は見かけ上とても暗い星の集まりですから、人工の明かりを避けたところでなければ見えません。都市部では2等星を認めることさえ難しく、暗いところを選んでも天頂付近に3~4等星があるかないかという程度です。一般に天の川が見える場所は、市街地から離れた農地の広がる田舎や山岳地帯、あるいは離島などです。

 

 2016年に欧米の研究グループによって発表された研究で、世界中の夜空の明るさと人口分布の関係を示した調査があります。

The new world atlas of artificial night sky brightness | Science Advances

気象衛星などの観測データから作った人工光の明るさマップと人口分布データを用いて、国ごとに人口のどの程度がどれくらいの明るさの夜空の下で暮らしているのかを明らかにしています。

 

 この論文では本文中で日本について言及した箇所はありませんが、世界各国の観測・調査データが表にまとめられており、それによると日本人の約70%が天の川の見えないところに住んでいるという結果が出ています。一方、日本の国土で天の川が見えない地域は約7%です*12。人口の集中する都市部ほど空が明るいため、人口の大半が面積比で一割に満たない光害地に集積しており、残りの9割を超す地域では天の川を見ることができるようです。ただし日本は急峻な山岳地帯や離島が多いため、これらの数字だけでは天の川へのアクセスが良いとは言えないことに注意が必要です。

 

 逆に、なんで知ってるの?

 公教育で知る機会を得ず、ふだん天の川を見ることもない人が天の川の正体を知っている場合、その理由は何でしょう。思い浮かぶのは人づて・本・テレビ・文教施設・ネットの5つです。

 

・身近に天文分野に造詣のある大人がいるなら、知れば済む程度の知識は吸収する機会が多くなると考えられます。親兄弟だけでなく、近隣に天文趣味の人がいたり、普及活動や観望会も天文に触れる機会を広げてくれます。

・本から知識を得る場合は、親が科学に関する本を買い与える世帯に生まれるかどうかと、学校や地域の図書館で触れる機会があるかどうかが問題です。

・テレビ番組でも、教養番組を見る機会がある世帯なのかはある程度重要です。

・文教施設は、たとえば身近にに公開天文台・科学館・プラネタリウムなどの施設があるかどうかで天文分野との接触の機会が大きく左右されます。

・ネットは調べ物をするのはもちろん、SNSで流れてきた情報から偶然知識を得ることもできます。一方で、デマや間違いが放置されがちという欠点もあります*13

 

 これらの中で、受動的に知識が得られるソースは身近な大人です。テレビは受動的に番組が流れてきますが、たとえばチャンネル権のある親が教養番組や科学に関する報道・解説を見ない場合、子供が視聴する機会は得られない点で能動的な働きかけが必要です。

 同様に、本もある程度大人(特に親)の影響下にあります。科学に関する本を買い与える、教養番組をみる、天文に触れる場に連れて行くなど、どれもある程度の手引きがなければアクセス出来ないものです。公教育が貧弱だと生まれ育った環境に左右されやすいため、基礎的な部分で知識水準の格差が生じるのは仕方ないと言えます。

 インターネットは、育った環境によらず膨大な知識にアクセスできる可能性をもつ一方で、情報の調べ方や信憑性の判断など使い手のリテラシーを問う側面が大きく、大人にリテラシーが備わっているとも限らないため、 現状だと公教育を補う役割は期待できないでしょう。

 

天の川銀河のいま

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Image credit: いらすとや*14

 肉眼では白い"もや"にしか見えない天の川も、望遠鏡で見ると恒星の集まりであることが分かります。以下はガリレオによる、望遠鏡を用いた最初期の天体観測の記録『星界の報告』からの引用です。

わたしたちが三番目に観測したのは、天の河の本質、すなわち、実体である。わたしたちは、筒眼鏡によってそれを詳細に調べることができた。 ~中略~ 銀河は、実際は、重なりあって分布した無数の星の集合にほかならない。だから、どの領域に筒眼鏡をむけても、星の大群が視野に入ってくる。そのなかには、十分大きくはっきり目立った星もいくつかあるが、大部分の小さな星は、ほとんど見分けがつかない。

 

ガリレオ・ガリレイ 星界の報告*15

 天の川の正体が恒星の集団であるという説は古代からありましたが、ガリレオによってはじめて科学的な観測に基づく証明がなされました。

 

 現在に通じる天の川銀河の描像が見えてきたのは20世紀初頭に前後する時期、今から100年ほど前のことです。天の川の恒星が円盤状に分布していることは18世紀にハーシェルが発見していましたが、不完全なものでした。

 19世紀末ごろになると、巨大な望遠鏡が相次いて造られ、それらがもたらした観測成果が天の川銀河の形や大きさを知る手がかりとなりました。天体の距離測定法や、恒星の固有運動、渦巻き星雲の研究などが進み、1920年代には2つのモデルをめぐる論争がありましたが、最終的には天の川銀河が扁平な円盤状であり、太陽系はその辺縁に位置し、渦巻き星雲と呼ばれた天体と天の川銀河が同じような渦巻銀河であることが判りました。

 

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Image credit: NASA/JPL-Caltech/R.Hurt(SSC-Caltech)*16

 それから時代が下り、現在では上のイラストのような姿が天の川銀河の鳥瞰図だと考えられています。中心部の棒状構造の両端から太い二本の渦状腕が伸び、それらの間にさらに複数の小さな腕が存在します。直径はおよそ10万光年ほど。太陽系の位置は中心部から3万光年ほど離れたところにあるとされ、地球から見た天の川銀河の中心部はいて座の方向、天の川がもっとも明るく見える天域にあります。宇宙を見渡せばごくありふれた、棒渦巻銀河とよばれるタイプの銀河です。

 

 このように銀河の認識は天文学史の中で徐々に作り上げられたものですが、起点は望遠鏡を天体観測に使用したことにあります。肉眼の限界を道具が拡張することで、それまで決着のつかなかった議論を過去のものとし、新たな世界・宇宙の認識をもたらしました。

 つまり天下り的に知識を得なければ、一般市民が銀河のことなど知らなくても仕方がない、ということです。天の川の正体は常識といえるのか?という問いから始めましたが、学校で習わず普段から目にしないものの正体は、どうも常識とは言えなさそうです。幸いなことに現行の教育課程では銀河に関する項目が復活していますから、削除されていた世代や取りこぼした人に届く普及活動があれば、いずれ常識といえるような認知度を目指せるのではないでしょうか。

 

 とはいえ基本は学校教育ですから、教育内容の充実が最も確実な科学リテラシーの獲得手段です。しかし公教育は理科だけのものではなく、理科も天文分野だけではないため、限られた授業時間数の中にどれだけの項目を盛り込むかは難しい問題です。

 ところで戦前の小学校では、国語教科書の文章に天文の内容が含まれていたため、天文の知識を国語から学んだ世代もあるようです。

1918年(大正7年),第3期の国定教科書が編集され,国語の教科書が「尋常小学校国語読本」となり,月,太陽,星,季節の変化,望遠鏡などの天文関係の教材も登場するようになった.この教科書は1933年(昭和8年)に「小学国語読本」と改名したが,同様の方針で編集され,長らく使用されたため「戦前は国語で天文を学んだ」という年配者は多い.

 

天文の事典 普及版*17

 中学以降であれば英語の長文にも自然科学分野を題材としたものを利用できるはずです。実験や計算が伴わない知識の伝達であれば、理科の授業で扱う必要性はありません。天文教育を理科教育の下部と置かず、教科の垣根をこえた横断的な教育課程のデザインができると良いかもしれません。

 

 最後に、国立天文台による天の川銀河のシミュレーション映像を紹介します。画面上をドラッグすると好きな方を向くことができ、天の川銀河の全体像を感覚的に理解できます。

天の川銀河紀行 | 国立天文台(NAOJ) 

  先生は中にたくさん光る砂のつぶの入った大きな両面のレンズを指しました。
「天の川の形はちょうどこんななのです。このいちいちの光るつぶがみんな私どもの太陽と同じようにじぶんで光っている星だと考えます。私どもの太陽がこのほぼ中ごろにあって地球がそのすぐ近くにあるとします。みなさんは夜にこのまん中に立ってこのレンズの中を見まわすとしてごらんなさい。こっちの方はレンズがいのでわずかの光る粒ち星しか見えないのでしょう。こっちやこっちの方はガラスが厚いので、光る粒即ち星がたくさん見えその遠いのはぼうっと白く見えるというこれがつまり今日の 銀河の説なのです。そんならこのレンズの大きさがどれ位あるかまたその中のさまざまの星についてはもう時間ですからこの次の理科の時間にお話します。では今日はその銀河のお祭なのですからみなさんは外へでてよくそらをごらんなさい。ではここまでです。本やノートをおしまいなさい。」

 

宮沢賢治 銀河鉄道の夜 一、午后の授業*18

 

*1:ぱくたそ-フリー写真素材・無料ダウンロード 元画像の下部をトリミングして使用

*2:青空文庫 銀河鉄道の夜 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html

*3:https://twitter.com/mocha708/status/907228205592993792

*4:銀河に関する用語の整理をします。当記事では太陽系を内包する私たちの銀河系を「天の川銀河」、系外銀河を含め銀河一般を指す場合に「銀河」、地球上からの見かけの天の川銀河を「天の川」と表記することとします(引用部分は例外あり)。

※「天の川銀河」の同義語として「銀河系」「わが銀河」という表記もあります。「銀河系」は多くの文献で使われていますが、今回は「銀河」との混同に配慮して使用を避けました。また、J-GLOBALで見ると「天の川銀河」より「わが銀河」の方が学術用語として出面が多いようです。

わが銀河 | 科学技術用語情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター

天の川銀河 | 科学技術用語情報 | J-GLOBAL 科学技術総合リンクセンター

 英語文献だと"Our Galaxy"という表記をしばしば見ますが、日本語だと一般向けの文書などであまり見かけないことと、個人的な響きの好みから「天の川銀河」を使用しました。

*5:勉強のイラスト「テスト勉強・男の子」 | かわいいフリー素材集 いらすとや

*6:文部科学省 学習指導要領「生きる力」

http://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/new-cs/youryou/index.htm

各学年で扱う単元がわかりやすい資料として以下に 学習指導要領解説 理科編 を挙げます

http://www.mext.go.jp/component/a_menu/education/micro_detail/__icsFiles/afieldfile/2010/12/28/1231931_05.pdf

リンク先pdfファイル24ページが地学分野の小学3年〜中学3年までを一覧できる表となっています。

*7:国立教育政策研究所 学習指導要領データベース http://www.nier.go.jp/guideline/

*8:前倒しでの実施や誕生日のタイミングなどのため、正確には少し異なるかもしれません

*9:大日本図書『新版 理科の世界 3』ISBN:9784477027142

*10:NASA Image and Video Library

*11:天文月報2004.12  理科教育崩壊 ―小学校における天文教育の現状と課題― 縣秀彦

また、この縣氏による調査の対象となった世代が大学生になったときの調査がありますので、参考までにリンクしておきます。

短期大学生・大学生に対する天文基礎知識調査 藤下光身 水口美知子 野添順平 荒巻雄大 下田優作

*12:日本に関するデータはリンク先論文のTable3の中にあります。ここでは日本の行だけを抜粋しました(オレンジの強調は私によるものです)。

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列がPopulationとAreaに二分してあり、それぞれについて空の明るさ(μcd/㎡)ごとのパーセンテージがまとめられています。明るさの数値の解釈を論文中の解説を用いて以下に示します。主にMaterials and Mesodsという章のStatistics of night time brightnessに依りますが、同様の説明は本文中や図に付された解説にも見られます。

≤1.7 光害汚染のない自然のままの空

>1.7 天頂付近は良好だが、人工光のある方角は地平に近づくほど光害の影響を受ける

>14 天頂付近まで光害の影響が及ぶ

>87 本来の夜空の姿は失われる

>688 天の川が見えなくなり錐体細胞が光を感知し始める

>3000 肉眼で暗順応ができないほどの明るさ 

  ここで">688"となっている列に着目すると、Populationは70.4%、Areaは7.1%と読み取ることができます。

*13:とくに暦や大気光学現象の分野で不正確な情報が散見されます

*14:七夕のイラスト「天の川・星空」 | かわいいフリー素材集 いらすとや

*15:ガリレオ・ガリレイ著 山田慶児、谷 秦訳『星界の報告 他一篇』岩波文庫 40頁 ISBN:9784003390658

*16:A Roadmap to the Milky Way (Annotated) - NASA Spitzer Space Telescope

*17:『天文の事典 普及版』朝倉書店 602頁 ISBN:9784254150193

*18:青空文庫 銀河鉄道の夜 http://www.aozora.gr.jp/cards/000081/files/456_15050.html